医事課からみたあの作品―『陽のあたる家』の医療券―

 

 

夫婦と子供2人世帯の「沢田家」が、夫の急病と失業により経済苦に見舞われ生活保護を受給するまでを描く、さいきまこ『マンガでわかる生活保護 陽のあたる家~生活保護に支えられて~』(秋田書店)。

 

社会保障制度が全く正しく語られないまま、火の車の沢田家の家計を助けようとパートで無理をした妻は倒れ、救急搬送先の病院でパートの同僚に生活保護を勧められ、受給に至ります。

そして、夫の定期受診で訪れた病院の窓口での一幕。

 

さいきまこ『マンガでわかる生活保護 陽のあたる家~生活保護に支えられて~』(秋田書店)より引用

なんだこれ 「生活保護法医療券」?

 

持参した生活保護の「医療券(医療を受けるための保険証のようなもの)」が床に落ち、来ていた他の来院者に見咎められ生活保護受給を罵られます。

待合室でも「あの人生活保護?」みたいな空気になっています。果てには「人間のクズ」とまで。

まあ、この辺は全くのフィクションとは言え、もう少し描きようがあったのではないかと思います。

 

 

まず「医療券」ですが、市町村ごとに運用の違いはあるとは思いますが、岡山市では生活保護受給者本人には渡さず、医療機関と福祉事務所が郵送でやりとりしており、病院の窓口で現物を見ることはほぼありません。

生活保護の患者さんは手ぶら(もしくはハガキ大の受給証明書持参)で来院し、窓口で受付をします。

受付時も、初診時は多少の聞き取り(管轄福祉事務所と担当者の名前、受診を担当者に連絡しているか)はしますが、定期通院の患者さんは来院時ごとに窓口で生活保護うんぬんの話題になることはありません。

また、病院の窓口でやりとりする健康保険証はじめ関係書類は多岐に渡り、床に落ちた「医療券」を瞬時に「生活保護の書類だ」と判断できる人間はめったにいません。

 

 

可児市HPより引用

たとえばこれ。これが自分の目の前でぱらっと落ちて、何の書類かすぐ分かりますか?

「福祉医療費受給者証」と書いてあり一見「生活保護医療券」のようですが、実は岐阜県可児市の「こども医療費助成制度」の受給者証のひとつなんです。

こういう一見して分からない受給者証が飛び交うのが病院の窓口であり、これを一発で見抜くには医療費に関するあらゆる制度に精通する必要があります。

なのでもう一度書きますが、床に落ちた「医療券」を瞬時に「生活保護の書類だ」と判断できる人間はめったにいません。

 

 

厚生労働省のデータによれば、平成30年4月時点で、被保護実人員は約210万人、被保護世帯は約160万世帯で、保護率(人口100人当たり)は1.66%となっています。

被保護世帯の半数を占めるのが高齢者世帯ですが、生活保護受給者に限らず高齢者は病院にかかる割合が多いため、病院に来る患者さんの一定数は生活保護世帯です。

 

ちなみにレセプトで自分が勤める病院の保険分布を調べてみたところ、生活保護受給者は全患者の1割となりました。うちがとりわけ多いのではなく、どこも同じような割合だと思われます。

このマンガではこの病院に来ている生活保護受給者はあたかも沢田家だけのような扱いで、待合室中が敵になっていますが、実際には多くの患者さんが生活保護を受給されています。

もし病院内で「あの人生活保護?」とでも言えば、他の患者から「自分もそうだがなんか文句あるんか」となります間違いなく。